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月→土勤務の外資系風バリキャリ妻と元気いっぱいの2人の息子たち。2012年度、2017年度と2回育休を取得。育児ブログです。

ナツオにとって死ぬということ。

「父とナツオ」シリーズもこれで一段落。

結局、ナツオにとって「死」とはどういうことなのだろうか。

初めて対面した時は絶対的な恐怖に襲われていた。

焼香する為に、ナツオに見せる為に顔を覆う布を外そうとすると

全速力で部屋を出ていくナツオ。

本能で「死=ケガレ」を認識しているのだろうか。

文化人類学の本ばかり読んでいる私からすると、

この反応はとても興味深い。

最初は全身で死体を拒絶したナツオだったが、

一晩経つと落ち着いたようで納棺の際には一緒に真剣に見ていた。

出棺前の花入れ等には自ら進んで花をもらいにいっては、

父にたくさんお花を入れてくれる。

しかし、火葬後にまた全身で拒絶。

火葬前までは普通であったが、

いざお骨が出てくるともう大泣き。

大泣きどころか、嘔吐する始末。

初めてのお骨ということ、あまりにも突然の変わりように頭が働いていない様子。

喪主を務めていた手前、私は外出できなかったので

妻にお願いしたが、外でしばらく呆然としていたとのこと。

「死」というのは本能で拒絶するものなのだろうか。

その後は子どもらしい質問攻めの始まり。

「じーちゃんはどうなったの?どこにいったの?なんで骨になったの?」等々。

ナツオへの公式回答は

「じーちゃんは死んで、キラキラ星になりました。お星様になってナツオを見守っています。

 悪いことはした時は注意しに出てくるし、ナツオが困った時は助けに来てくれます。」

というもの。

完全には納得していないものの、一応納得はしてくれたもよう。

また、死んで骨になるのを極端に恐れているナツオ。

「手をつながないと車にぶつかって骨になっちゃうよ!」

と注意するときちんと手をつないでくれる。

以前よりも聞きわけがついてきた。

父よ、あなたの死は無駄にはしません。